「大人」はいない、という事実について

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不登校→フリーター→ニートを経て、プロのにわかゲーマーに。現在はブログを中心に収益化。就職?したことありません。すべての行動原理は気分。マーケティングの魅力に取り憑かれたただの引きこもり。

こんにちは、しおりです。

 

今回は、
「大人」なんていない、という話をします。

 

これは、
高校くらいの時から、うすうす感じていたことではあるのですが、

 

最近、
確信したので、ちょっと書いてみることにしました。

 

頭がふにゃふにゃしている時に、読んでみてください。

 

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「大人」という幻想

 

大人は、
文字通り、幻想だと思います。

 

大人なんて、いません。

 

私たちは、
他人に「大人」という幻想を見ているのです。

 

そしてその幻想を、共通のイメージとして、すべての人が共有しているのです。

 

つまり、
宗教における、教祖様的な立ち位置の人が、分散しているという感じですね。

 

はい、分かりづらいですよね。

 

でも、そんな感じで書いていきますので、悪しからず。

 

「大人」の定義とは?

 

そもそも、大人の定義ってなんでしょうか?

 

ということで、
ウィキペディアさんから、引用してきました。

 

十分に成長した人。成人。
考え方や態度が十分に成熟していること。思慮分別があること。

 

う〜ん、なるほど……。

 

まぁつまり、

 

  1. 20歳以上である
  2. 考え方や態度が成熟している

 

ということらしいです。

 

この片方でも欠ければ、大人ではない、と。

 

そういうことでいいのかなぁ……。

 

となるとですよ、
20歳以上でも、考え方や態度が成熟していなければ、それは「大人」ということにはなりませんよね?

 

いや屁理屈でも何でもなく。

 

そもそも何を以ってして、
考え方や態度が成熟しているとするのか?

 

ぶっちゃけ分からなくないですか?

 

明確な基準がないですよね。

 

ということは、
一般的にはほぼ、

 

  • 20歳以上である

 

という部分だけが、
「大人」の定義となるわけです。

 

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大きい子供

 

でも、
ぶっちゃけ、あなたの周りにもいますよね?

 

大きい子供が……。

 

逆に、
「あれ?この子若いのに、すっごくしっかりしてるわ〜」

 

みたいな人も、いるはずです。

 

つまり、
世間一般的には、20歳以上であるということが、大人の定義とされているのに、

 

実態は、
大人であるかどうかに、年齢は関係ない、ということです。

 

これ、すっごい矛盾じゃないですか?

 

とんでもない矛盾ですよね?

 

こんな矛盾が社会で看過されているなんて、ちょっと鳥肌立っちゃいますよね?

 

「大人」という型に、人を当てはめる

 

私が、
大人なんていないんじゃないか?

 

と思い付いたのには、理由があります。

 

それは、

 

  • 両親
  • 学校の教師
  • バイト先の上司

 

だいたい、この辺りでしょうか。

 

子供時代の私にとって、
「大人」の代表格的な、肩書きを持っていた人たち。

 

彼らと接してきて、
私は、頭に疑問符しか浮かばなかったのです。

 

あれ?
彼ら、全然大人じゃないな?

 

あれれ?おっかしいぞ〜。

 

もちろん、
すっごく人間性に優れた人もいました。

 

が、
私の周りにいた大人たちは、
概して、感情的で、保身的な人たちばかり。

 

ガラガラガラ、と、
私の中の大人像が、崩れていきます。

 

そして、極め付けは、自分が成人してみて。

 

こんな幼稚な自分が、
世間一般では「大人」と分類されることを知って、大人というシステムの、業の深さを思い知りました。

 

「大人」という役割を果たせない、大人たち

 

実際に、
自分が「大人」というものになってみると、

 

全然実感がわかないという人も、多いのではないでしょうか?

 

そりゃそうです。

 

だって、
20歳になったからって、何も変わりませんもん。

 

ただ、今までの自分が、そこにいるだけ。

 

それは、
30歳になっても、40歳になっても、50歳になっても以下略。

 

ただ、20歳になったから、
という理由で、大人というラベリングをされるだけです。

 

本当は、大人なんていないけど。

 

大人とはこういうものだ、
という像を押し付けられ、それが何なのかも把握できないまま、ギャップに苦しみます。

 

これは、「大人」に限らないですね。

 

「女性」はこうあるべき。
「男性」はこうあるべき。

 

「母親」はこうあるべき。
「父親」はこうあるべき。

 

私たちは、
役割をイメージ化して、個にそれをペーストすることによって、社会を回しているわけです。

 

現実に生きながら、幻想に生きている

 

例えば、
「母親」のイメージとして、どんなものが思い浮かびますか?

 

何となく、ぱっと思い浮かんだと思います。

 

でもそれって、
自分の母親と一致してますか?

 

だって、
母親って、一人ですよね。

 

あなたにも、私にも、母親は一人しかいないはず。

 

ということは、
母親像は、自分の母親のはずで、

 

  • 母親像=自分の母親

 

になるはずです。

 

でも、ならなくないですか?

 

ぶっちゃけ、
私の母親とかは、ぜんぜん一致しないんですよね。

 

母親っていうと、
何となく、優しくて、家庭的なイメージがあるわけですけど。

 

現実、
私の母親は、すごく感情的で、家事も最低限しかやっていませんでした。
(最低限やってればいいんだろうけど)

 

つまりですね、
現実には母親は一人しかいないはずなのに、

 

母親というイメージ像が、勝手に一人歩きしているわけです。

 

これが、
「大人」でも起こっているわけですね。

 

個性を殺すことで、回る社会

 

あーもう真面目な文章飽きてきた。

 

で、結局何が言いたいかっていうと、
大人なんてただの幻想で、本当はいないってことです。

 

だって、そうじゃないですか?

 

一人一人を見てくださいよ。

 

みーんな性格も思考も行動も態度も違いますよね。

 

同じ世代でも、
びっくりするくらいアレな人もいれば、びっくりするくらい、人間性に優れた人もいます。

 

つまり、大人は幻想!!

 

誰かが、
大人はこういうもの、という定義を作り、それに当てはめているだけ!

 

それを、
だんだんとセルフでやるようになって、はい苦しい社会のできあがり〜。

 

他人に強要したり、自分に強要したり。

 

「いい大人が」
「大人なんだから」
「大人とは思えない」

 

自身の優位性を示すための、マウンティングに使ってみたり。

 

そういうのアホくさいよね、って。

 

大人の定義を年齢で決めてはいけない

 

まぁ別に、
大人が社会を回すためのシステムになってるなら、いいんですよ?

 

でもね、
大人の定義を、年齢で決めちゃうのはどうなのかな〜って。

 

ウンそんな話です。

 

別に飽きてきてないですよ。
投げやりでもないです。

 

問題なのは、
大人になっても、大人になりきれていない人たちなんですよ。

 

例えば、
40代とかでも、びっくりするくらい「うわこれはちょっと…」みたいな人、いますよね。

 

そういう人たちって、
他人だからどうでもいいし、傍目から見てると、う〜んって感じなんですが。

 

言っちゃえば、可哀想な人たちなわけじゃないですか。

 

私も含めて。

 

だって、
まだまだ成熟しきっていないのに、大人っていう型に無理やり押し込まれて、自分の気持ちを置き去りにされたまま誰かが作った「大人」を演じなくちゃいけないんですよ?

 

本当はもっと子供したかったのに、できない!

 

そんな気持ちが置き去りにされたまま、
自分の中の幼児性と向き合いながら、このつらい現実を、頑張って生き抜いていかないといけないんですよ?

 

なんて健気!
そして、悲劇!!

 

まぁつまりですね、
そういった、ある種の被害者たちの可哀想なお話なんです、これは。

 

イメージ像は連鎖していく

 

そして、
精神的に成熟しきらないまま、大人になった人たちが、

 

子供を作って、育てていく……。

 

もうこれだけで、悲劇ですね。

 

子供に子供が育てられるわけないじゃないですか?

 

ぶっちゃけ、
お金さえあれば子供は一人で生きていけるんだから、

 

親の本来の役割は、
経済的な部分ではないはずです。

 

(現在は資本主義なので、あくまで仮定の話です)

 

となるとですね、もう、
子供は自力で精神を成熟させなくてはいけないという、何という人生ハードモード!

 

しかし、
ここで問題が発生するわけです。

 

何と、
成熟しきれなかった大人が、成熟しようとしている子供の、足を引っ張る!

 

こうして、悲劇は連鎖していくわけです……。

 

まぁ、悲劇でも何でもないか。

 

とにかく、私が言いたいのはですね。

 

現実を、見ろ

 

誰かの作った概念とか、イメージとか、
そういったものに惑わされず、

 

ちゃんと、
目の前にあるものを、そのまま、見るべきなのではないかな、ということです。

 

そうじゃないから、苦しくなるんですよ。

 

私がずっと苦しかったのは、
親に「親」という概念を押し付けていたからです。

 

要は、
イメージを相手に押し付けるってことは、相手が自分の思い通りになると思っているわけですね。

 

でも、
現実は、親だろうが子供だろうが、

 

もう自分とは完全に分離されたただの他人に過ぎないわけで。

 

そうしたら、
絶対、思い通りに動かすなんてことは、できないわけですよ。

 

「大人」というのも同じです。

 

「大人はこういうもの」っていう概念があると、人にそれを、押し付けちゃうんです。

 

そうすると、
押し付けられる方も苦しいし、押し付けた方も、永遠にコントロールできないリモコンを操作してるようなもんで、まぁ、すごく不毛なことになるんです。

 

ということで、
「大人」はいない。

 

そんなお話でした。

 

あのもう、ぶっちゃけていいですか。

 

飽きたんで終わります。

 

めんどくさいですね。
大人について、語るとか。

 

思ったよりめんどくさかった!

 

真面目にならざるを得ないし、どう考えても鬱です。

 

復旧しようのない失敗について語るなんて……。

 

私たちは、
失敗から学んで、未来に進むしかないですね。

 

ということで、
アホ記事の執筆に戻りたいと思います。

 

ありがとうございました……。

 

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私は、
21歳で就職を放棄して、

今は、「ブログ」をメインに、
好きなことをしながら、自由に生きています。

読書したり。
映画みたり。

後、ゲーム。

最近では、
ブログで稼ぐ方法を、簡単にまとめたりもしています。
初心者がブログで稼ぐには?

もともとは、
不登校だったり、フリーターだったり、ニートだったり。

コミュ障すぎて人間関係壊滅で、
自分の人生に息苦しさを感じていました。

私の詳しいプロフィールはこちら。
【プロフィール】いやそもそもShioriってだれ?

でも、今はそれなりに楽しいです。

自由に生きられるのって、
気楽でいいなーって、ほんと思います。

好きな時に寝て、起きて、
好きな時に好きなことを自由にできるので。

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